「かっぽれ、かっぽれ、ヨーイトナ、ヨイヨイ」

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毎年8月、清水みなと祭りのさつき通りに響く掛け声です。

この「かっぽれ」という踊りのルーツをたどっていくと、意外なことに、大阪の古い神社に行き着きます。

間をつないだのは、江戸の街角で踊っていた大道芸人たちと、明治の寄席で人気を集めた名人。

さらに古い伝承まで含めると、「1000年以上かけて清水港に帰ってきた踊り」という見方もできます。

この記事では、港かっぽれがどこから来たのかを、順番にたどってみます。


かっぽれってどんな踊り?

かっぽれは、江戸時代後期に生まれた俗謡と踊りです。

威勢のいい掛け声に、コミカルな身ぶり。

難しい約束ごとはなく、見ている人を楽しませるための芸です。

今も「江戸芸かっぽれ」として受け継がれていて、浅草を中心に稽古を続けている人たちがいます(※1)。

「かっぽれ」という名前の由来は、実はよく分かっていません。

天保年間(1830〜1843年)に流行した俗謡「鳥羽節」の囃子詞がなまったという説が有力ですが、決め手はないそうです(※2)。

名前の由来もはっきりしないまま、200年近く踊り継がれてきた芸ということになります。

ルーツは大阪・住吉大社の「住吉踊り」

かっぽれの源流をさかのぼると、大阪の住吉大社に行き着きます。

住吉大社では、田植えの神事に合わせて「住吉踊り」という踊りが奉納されてきました。

長い柄の傘の下で音頭取りが唄い、そのまわりを踊り手が回る。数百年続いてきた踊りです(※3)。

この住吉踊りを世に広めたのは、「願人坊主(がんにんぼうず)」と呼ばれる人たちでした。

寺社への代参や祈願を引き受ける建前で、実際には門付けや大道芸で日銭を稼いだ、お坊さんと芸人の中間のような存在です。

彼らが住吉踊りを各地に持ち歩き、江戸に伝えたことが、かっぽれ誕生の土台になりました(※2)(※3)。

江戸で流行し、明治にブームへ

天保のころ、江戸の願人坊主たちは、住吉踊りをもとにした踊りを吉原や盛り場で披露して評判になります。

流行り唄を取り込み、形を変えながら、やがて「かっぽれ」という芸に落ち着きました(※2)。

明治に入ると、かっぽれは大きなブームを迎えます。

願人坊主出身の芸人、豊年斎梅坊主(ほうねんさいうめぼうず)が、かっぽれの名人として人気を集め、政府高官の屋敷に招かれるほどになりました(※2)。

街角の大道芸が、明治の社交界で披露されるまでになったわけです。

明治15年(1882年)には、九代目市川團十郎が歌舞伎の舞台でかっぽれを披露しています(※10)。

庶民の芸が、古典芸能の世界にまで届いた瞬間でした。

清水港との不思議なつながり

ここからが清水の話です。

かっぽれのふるさとである住吉大社の由緒は、神功皇后の伝説に始まります。

皇后が朝鮮半島へ出兵したとき、神託によって住吉の神が祀られた。それが住吉大社の起こりとされています(※8)。

そして、みなと祭りの関係者の間では、このときの軍船を仕立てたのが、清水のあたりを治めていた廬原(いおはら)の一族だった、という説が語られてきました(※4)。

神功皇后は伝説上の人物なので、ここまでは確かめようのない話です。

ただ、まったくの作り話とも言い切れません。

日本書紀には、660年に朝廷が百済救援のため駿河国に軍船を造らせたという記録があります。

清水を含む一帯を治めた廬原の君は、白村江の戦いに一万の兵を率いて出航したとも伝わります(※9)。

清水が古代から「軍船を送り出す港」だったことには、記録の裏付けがあるのです。

そう考えると、こんな流れが見えてきます。

清水の民が仕立てた船が、住吉の神と結びつく。

その住吉大社で、住吉踊りが生まれる。

踊りは願人坊主とともに江戸へ渡り、かっぽれになる。

そのかっぽれが、巡り巡って清水のお祭りの主役になる。

伝承も含めての話ですが、「踊りが、船を出した港に帰ってきた」と読める物語です。

「港かっぽれ」が生まれたのは1987年

清水みなと祭りそのものは、1947年に戦後の復興を願って始まりました。

ただ、最初からかっぽれを踊っていたわけではありません。

転機は1987年、第40回の節目です。

市民の誰もが踊れるお祭りにしようと、江戸伝来のかっぽれをもとにした新しい踊り「港かっぽれ」がつくられました(※4)。

曲を手がけたのは、作詞・阿木燿子さん、作曲・宇崎竜童さんの夫婦コンビ。「プレイバックPart2」などで知られるお二人です(※7)。

この新しい踊りは清水にすっかり定着しました。

今では企業や町内会、学校のチームなど約250団体・延べ約1万人が総おどりに参加し、JR清水駅前のさつき通りを埋め尽くします(※5)(※11)。

2013年には、新曲「かっぽれ・フラメンコ」も登場しています(※6)。

時代に合わせて形を変えながら続いていくところは、大道芸の生まれらしいところだと思います。


見るなら、踊るなら

港かっぽれ総おどりは、毎年8月第1日曜日を含む金・土・日に開かれる清水みなと祭りの中心行事です。

日程やアクセス、海上花火大会の情報は、清水みなと祭り完全ガイドにまとめています。

お祭りの日以外に清水を訪れる方も、この話を知っていると、港の見え方が少し変わるかもしれません。

日の出埠頭から海を眺めるとき、そこが伝承では古代に軍船を仕立てた港であり、江戸の海運を支えた湊であり、今はクルーズ船が着く港でもある。

そんなことを、少し思い出してみてください。

ちなみに、みなと祭りを生んだ戦後復興のエネルギーは、駅前の商店街も生んでいます。

闇市から始まり、今もアーケードに人が行き交う清水銀座・駅前銀座の商店街も、この記事と地続きの歴史です。


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よくある質問

Q. かっぽれと港かっぽれは同じものですか?

もとは同じですが、別の踊りです。

江戸伝来の「かっぽれ」を土台に、1987年に清水みなと祭りのためにつくられたのが「港かっぽれ」です。

誰でも踊りやすいようにアレンジされています。

Q. 総おどりは観光客でも踊れますか?

基本は団体でのエントリー制ですが、飛び入り参加の枠が設けられる年もあります。

開催年の公式サイトで確認してください。

Q. かっぽれは清水以外でも見られますか?

見られます。

東京では「江戸芸かっぽれ」として寄席や浅草の行事で披露されるほか、各地のお祭りにも取り入れられています。


参考資料・出典

本文中の(※番号)は以下の資料に対応しています。

  1. 櫻川流江戸芸かっぽれ 公式サイト
  2. かっぽれの起源や歴史について(国立国会図書館 レファレンス協同データベース)
  3. 住吉踊り(Wikipedia)
  4. 清水みなと祭り かっぽれ総おどり(由来の解説)
  5. 清水みなと祭り 公式ホームページ
  6. 清水みなと祭り実行委員会委員長インタビュー(けんせつ静岡 2013年夏号)
  7. 清水みなと祭り(Wikipedia)
  8. 住吉大社の由緒(住吉大社 公式)
  9. 廬原国造(Wikipedia)
  10. 伝統芸能公開「江戸の粋 かっぽれ」(深川江戸資料館)
  11. 第76回清水みなと祭り「港かっぽれ総おどり」レポート(トラベルWatch・2025年)

*最終更新:2026年7月。かっぽれの起源や廬原の国造の伝承には諸説あり、本文では代表的な説を紹介しています。祭りの開催情報は毎年変わるため、公式サイトでご確認ください。*